第12回ウェブラジエーション勉強会 ダイジェスト Vol.1

記事の監修医師
【略歴】
熊本大学医学部卒業
【資格/役職】
放射線診断専門医 医学博士
株式会社ワイズ・リーディング 代表取締役兼CEO
医療法人社団 寿量会 熊本機能病院 画像診断センター長
熊本大学医学部 臨床教授
第12回ウェブラジエーション勉強会の内容をダイジェスト版としてご紹介していきたいと思います。
Vol.1― 手術室症例報告(91歳女性・脊椎後方固定術中の血圧低下事例)―
患者概要および手術
今回、手術室で発生した事例について報告いたします。 患者様は90代の女性です。
主訴・現病歴として呼吸困難にて救急搬送され、L3圧迫骨折の診断で入院されました。
手術は脊椎後方固定術(L3〜L5等)を施術いたしました。
術中のバイタル変化と当初の疑い
手術は腹臥位にて行われました。
閉創中に血圧が50 mmHg台まで低下し、モニター心電図にてST低下が認められました。ノルアドレナリンに対する反応性が低下しており、術中採血では有意な心筋酵素の上昇等の異常は認められませんでした。この時点の病態としては、心筋虚血状態の可能性を強く疑っていました。
体位変換後の経過と当初の診断
閉創後、患者様の体位を仰臥位に戻したところ、徐々に血圧が上昇し、モニター上のST変化も改善傾向を示しました。 その後に循環器内科医師が実施した心エコー検査では、高度の心筋虚血(壁運動異常など)を示唆する所見は見られませんでした。これらにより、「高齢による冠動脈硬化・冠血流予備能低下」および「腹臥位による静脈還流低下」に起因する一過性の血圧低下と診断されました。

術後画像検査の確認
こちらは手術直後の腰椎レントゲン写真になります。L3骨折に対し、腰椎椎体の後方固定術(スクリュー挿入)を行っています。

(拡大画像)

「皆様、この画像をご覧になって何かお気づきになる点はあるでしょうか?」
翌日のCT検査
手術翌日、挿入したスクリュー位置の確認を目的としてCT撮影を実施いたしました。

※このCT撮影時に、左肺に高度の気胸が偶発的に発見されることとなります。
気胸とは

手術直後のレントゲン画像で気づけなかったのか?
ディープサルカスサイン(Deep Sulcus Sign)
術後直後のレントゲンを再検証したところ、左側肺底部に明確なDeep Sulcus Signが認められました。
解剖学的根拠: 仰臥位では空気は前胸部や足側に貯留します。ここで重要なのは、単に角が鋭角になることではありません。「通常、横隔膜より下には見えないはずの心臓の輪郭(左室下壁など)が、入り込んだ空気に縁取られることで明瞭なコントラストとして出現している」という点です。本来、心臓の下縁は横隔膜と接しており境界は不明瞭ですが、本症例では空気が介在したことで、心臓のラインが腹部領域まで突き抜けて描出されていました。
胃泡との鑑別: 一見すると胃のガス(胃泡)と誤認しがちですが、胃泡は上縁に限定された境界を持つ一方、気胸による空気貯留は境界が肺野側へと連続的に広がっています。
間接的所見:縦隔シフトとエコーの盲点
術後の心エコーで観察されていた「心臓の右側への変位(縦隔シフト)」は、緊張性気胸の極めて重要な間接的証拠でした。また、術中に胸部エコーを実施していれば、肺の滑り込み運動であるラングスライディング(Lung Sliding)の消失を確認でき、早期診断が可能であったと考えられます。

緊張性気胸の病態生理と時系列の再評価
全身麻酔下の陽圧換気が、潜在していた小さな気胸(医原性または自然発症)に空気を送り込み続け、圧力を高めたことで「緊張性気胸」へと悪化、静脈還流を阻害して低血圧を誘発したと考えられます。 特筆すべきは、術後1日目のCT所見では、術直後のレントゲン画像と比較して気胸がわずかに軽快(自然吸収)し始めていたという事実です。これは、陽圧換気中であった手術中こそが病態のピークであり、最も生命の危険が大きかったことを物語っています。
多職種連携
手術室というのは、閉鎖的空間ですが、多くの職種が関係してきます。その中に放射線技師がいます。例としては、外科用イメージを使う場合、手術内容によって、看護師、臨床工学技士・医師(整形外科医・麻酔科医)などと相談しながら準備を行います。
どの段階で外科用イメージを使うのか、又は術中・術後撮影が必要なのかを知ることできるからです。
どの業務でも重要ですが、自分の中心ではなく患者さんのために何ができるのか常に考えながら業務をすることで、多職種の業務を知り、おのずとチーム医療になると考え業務を行っています。

放射線技師の役割と救命的価値
技師は、目的とする手術部位だけでなく、画像に入り込む全ての解剖学的領域(肺野、心影、横隔膜下など)をチェックする習慣を持つ必要があります。特に術中にバイタル変動があった症例では、その情報を共有し、「気胸はないか」という警戒感を持って撮影に臨むことが、重大な発見に繋がります。
その他にも
・体内異物確認
手術中に使用したガーゼ、器具(針や小さな部品)などが残ってないか
手術が計画通りに行われたか
骨折の整復固定や人工関節の位置、切除部位が計画通りに配置、修正されているかの確認。
・合併症の有無
周術期骨折やアライメント不良の発見。
また、気管挿管やカテーテル留置、胸部手術にともなっての気胸や血胸などの確認
術後に患者家族、本人に説明するため
このような役割があげられます。

読影の死角:ターゲット・バイアス
今回の症例で最大の要因は、医師の注意が「手術部位(スクリュー)」に限定されていたことです。画像に含まれる肺野の情報が、無意識のうちに「背景」として処理され、情報の取捨選択が行われてしまったのです。
手術部位ばかりに着眼点を置くのではなく、画像に写り込むすべての領域をチェックする。
術後検査だけでなく、一般撮影時の検査を日頃から習慣づける事が大切だと感じます。
コミュニケーションの改善
異常を感じた際、技師が執刀医や麻酔科医に対して躊躇なく「スタット(緊急報告)」を行える文化の構築が必要です。専門領域を超えた情報の共有が、チーム全体の安全性を高めます。
本症例の教訓
90代の高齢患者における心血管症状の裏には、陽圧換気下の手術に特有のリスクである「医原性緊張性気胸」という伏兵が隠れていました。我々放射線技師は、依頼された部位だけを映し出すだけであってはなりません。画像診断を「手術の成否確認」のみならず、患者の「全身状態の評価」として活用するプロフェッショナルなマインドセットが求められます。
本症例を「不運な偶発症」と片付けず、微細な画像サイン(Deep Sulcus Sign)の認識と多職種間の積極的な情報共有という「システム」によって防ぐべき事案として共有し、今後の医療安全の礎とすることを切に願います。
